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裁判員裁判って???
投稿日時:【 2010年 03月 16日 】    

裁判員裁判って???


  諸外国では、一般の市民が裁判官のように有罪、無罪を決め、あるいは損害賠償額を決定したりしているのをご存知でしょうか。代表的な例が、アメリカ合衆国の陪審制度です。専門知識をもたない市民が広く裁判に参加し、もって民主主義を実現するものとして、建国以来続く伝統的な裁判制度です。
  日本には、長く裁判に一般市民が参加するという制度はありませんでした。戦前に一度陪審制度を導入したことがありましたが、根付かず、それ以降実際に裁判は、全て法的知識と経験の豊富な裁判官に委ねられてきました。裁判のような難しいものを一般市民に委ねる意義や方法については、殆ど議論もされずに今日に至ったといってもいいでしょう。
  そんななか、画期的な制度が昨年から始まりました。裁判員制度です。既にご存知の方も多いと思いますが、裁判員制度とは、決められた一部の重大な刑事事件(刑法等に抵触したとして、検察官が起訴のうえ処罰を求める事件)において、一般市民から無作為に得ればれた6名が、3名の裁判官とともに協議をし、有罪無罪の別と刑の重さを決定するという制度です。法科大学院や法テラスの設置といった一連の司法改革のなかでも、司法のあり方を劇的に変革する点において、極めて重要な改革の一つに数えられています。

どうして導入されたの???


  なぜこのような制度が導入されたのでしょうか。1つには、裁判に対する国民の信頼の確保が挙げられています。これまで、能力の高いエリート裁判官によって雲の上でなされていた「裁判」が、ややもすれば現実離れした結論を導いて来たという報告が、少なからず市民や弁護士からなされて来ました。そのため、より常識的な事実の認定と刑の決定を志向して、市民の参加が決定されたわけです。
  また、刑事裁判には「疑わしきは被告人の利益に」という原則があります。検察官が殆ど真っ黒という程度まで犯罪を証明しない限り、裁判所は被告人を無罪としなければならないというルールですが、裁判員裁判においては、ごく一般の市民が、証拠を検討したうえで「真っ黒といえるどうか」を判定します。これは、「一定の合理的な疑いが残っているため、グレーではあるが黒ではない。したがって無罪。」というような判断を、市民がその常識的な感覚を生かし、協議を経て決定するのですから、いってみれば、非常識な出来事の多いこの社会において、健全な一般常識を実現する重要な機会ということが可能です。加えて、裁判員制度においては「このような背景でこの程度の犯罪であれば、この程度の刑罰が妥当である。」という「量刑の判断」までを市民が参加して行いますが、これは、幅の広い刑罰を最終的に確定し、社会の枠組みを形成する過程に市民が参加することに他なりません。

そうは言っても,やっぱり・・・


  このように、裁判員裁判には、市民がその常識を実現させ、自ら社会において重大な決定過程に参画するという、民主主義の観点からの重要な意義があるのです。
仕事が忙しい、子育てが大変だ、シリアスな判断は気が重い・・・後ろ向きになってしまう原因は多くあるだろうとは思います。ただ一度参加すれば、その貴重な経験にきっと皆さん満足され、負担以上の何かを得られるものと思います。
裁判なんて難しいから私には無理だろうとお考えの方もいらっしゃるでしょう。でも、そんなことは絶対にありません。私たちの社会は、異なる性別、年齢、出生地、教育歴や職業の人々からなる市民が構成しているのですから、皆さん意見や感覚が異なって当然です。裁判員裁判は、そのような多様な視点をこそ求めているのですし、そもそも制度は皆さん各個人に最終的な結論を求めているのではなく、1つの事件につき、6名の市民と3名の裁判官で協議をして1つの結論を出すとされています。皆さんの意見をそれぞれ反映したグループの結論として評決がなされる以上、こういった心配は無用なのです。
  どうぞ皆さん、裁判員裁判の呼出通知が来たら、是非積極的に参加してみてください。きっと、参加してよかったと思って頂けると思います。
沖縄弁護士会 
会員 天方 徹

 

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